著者:つくすん

69作品

作家性・画風の徹底分析

「つくすん」という作家を一言で表すなら

現代社会の暗部に潜む、少女たちの「痛み」と「狂気」を描く作家だ。

彼の作品世界は、決して明るいものではない。あらすじが示す通り、脅迫、遭難、カルト、呪い、売春、監禁といった、社会の歪みや人間関係の亀裂が生み出す極限状況が舞台となる。そこで喘ぐのは、常に「少女」である。これは、無垢で未成熟な存在が、理不尽な暴力や圧力に晒され、変容していく過程そのものをエロスとして昇華する、ある種のタナトス(死の欲動)的な美学と言える。

つくすんの作品を求める読者は、単なる官能描写ではなく、精神的な軋みと肉体的な苦痛が交錯する、濃密でダークな体験を欲している。日常の延長線上にはない、非日常的で時にグロテスクなシチュエーションに、一種のカタルシスを感じる層に強く刺さる作家だ。

つくすん先生の"エロ"を構成する要素

彼のエロティシズムは、複数の要素が絡み合って成立している。

第一に、シチュエーションの過激さと具体性だ。あらすじからも明白なように、「獣用の罠に引っかかる」「腕を機械に巻き込む」といった物理的な苦痛や、「カルト教祖になされるがまま」「憎い女を監禁してサブスクで責め立てる」といった精神的支配の構図を、あくまで具体的に描き出す。これは、現実逃避的なファンタジーではなく、どこか現実味を帯びた「あり得るかもしれない悪夢」として機能し、読者に強い臨場感と緊張感をもたらす。

第二に、「少女」という存在への徹底的な焦点である。作品の主人公はほぼ例外なく少女であり、その未熟で時に健気なまでの行為(工場を救うための自己犠牲など)が、さらなる残酷さを際立たせる。彼女たちが発する「かわいい泣き声」は、作品のキャッチコピーにも繰り返されるように、無力さとエロスが不可分に結びついた、つくすん作品の核心的なモチーフと言える。

画風については、提供された情報からは詳細を断言できない。しかし、収録作品のタイトルやシチュエーションから推測するに、過激な描写を得意とするアンソロジー「悪夢の狂宴」に参加していること、また「みこしろ本人」といった強烈な個性の作家と並列されることから、その作画もまた、少女の苦痛や変貌を生々しく活写する力強いタッチではないかと思われる。表情の描写、特に絶望や狂気に歪む様子にこそ、彼の真骨頂があるのかもしれない。

正直、あらすじを読んだだけで、これが並みのエロ漫画ではないことはわかった。これは、ある種の覚悟を持って臨むべき作品群だ。

「痛み」を変換する装置としての物語

つくすんの作品では、「痛み」が単なる苦しみとして終わらない。例えば「痛いの大好きお嬢様戦記」では、苦痛が快感に変わる「呪い」が設定されている。これは、受動的で理不尽な暴力を、主人公の内面の変質を通じて能動的で官能的なものへと「変換」する、彼独自の物語装置の好例だ。同様に、監禁した相手を「サブスク」で責め立てるという発想も、現代的なシステムを歪んだ形で応用し、支配と快楽の関係を再構築している。

この「変換」のプロセスこそが、読者に背徳的な興奮をもたらす源泉であり、つくすんの最も独自性の高い部分だろう。思わず、この発想の歪み具合に参ってしまう。

入門者向け:まずはこの作品から

つくすんの世界に初めて触れるなら、最新刊である【作品1】または【作品2】が推奨される。これらは「つくすんファン必携の最新刊」と銘打たれた単行本であり、8本の作品を収録したオムニバス形式だ。

入門に適している理由は三点ある。

第一に、作家の守備範囲が一望できること。脅迫、サバイバル、カルト、ファンタジー、実録風など、多様なシチュエーションが詰め込まれており、自分がどの要素に最も惹かれるかを試すことができる。

第二に、【作品1】のFANZA特別版には貴重な特典が付属している点だ。「描き下ろしイラスト付き全作品解説」は作家自身の創作意図を窺える貴重な資料であり、「幻の同人作品」やラフ集はファンにとっては垂涎の内容と言える。作家の創作の過程にまで興味が及ぶ読者には、こちらが断然お得だ。

第三に、オムニバス形式であるため、気軽にどこからでも読めるという心理的ハードルの低さがある。一つの長編にコミットする前に、短編でその世界観に浸ることができる。

ただし、注意点もある。どの作品も内容的に過激であるため、ダークでハードな描写に耐性のない読者には厳しい可能性が高い。あらすじを読んで「これは…」と感じたなら、その直感はおそらく正しい。この作家は、そういう読者を求めている。

この作家を追うべき理由

つくすんを追う最大の理由は、エロ漫画の枠組みを超えた、一種の社会風刺的側面にある。あらすじに「現代社会の病巣を鋭く抉る」「この閉塞しきった危険な時代に警鐘を鳴らす」とある通り、その作品の背景には、現代が抱える病理——SNS社会の歪み、経済的困窮、信仰の形骸化、復讐の連鎖——が色濃く反映されている。

彼の描く「悪夢」は、単なる空想ではなく、現代社会の断片を極限まで増幅させたものだ。その意味で、その作品はエロティシズムであると同時に、ある種のディストピア小説としての性格も帯びている。この二重性が、彼の作品を単なる実用書から一線を画すものにしている。

今後の展開として、アンソロジー作品【作品3】に収録の「メスガキ vs ワナビおじさん」は、バイトと小説家を目指すおじさんという、より現代的な且つ作者自身を投影したような主人公を扱っている。ここからは、社会の暗部を描く視線が、より内省的で自嘲的な方向へと深化していく可能性も感じさせる。次回作『ボクらはみんな曇らせたい』のタイトルからも、その傾向は強まるだろう。

ファンとしての楽しみ方は、まずはその特異な世界観に身を委ね、そこで繰り広げられる「痛みの変換劇」を体験することだ。そして、作品解説やラフ集といった特典を通じて、作家がどのような思考過程でこれらの「悪夢」を紡ぎ出しているのかを探るのも一興である。つくすんは、受け手の側にもある種の「読解力」と「耐性」を求めてくる作家だ。それらを備えた読者にとって、その作品世界は他では得難い強烈な体験を約束してくれる。

これは、エロ漫画の領域で、最も危険で最も尖った旅の一つと言える。自分は、その覚悟を持った読者にしか開かれない扉の前に立っているような、そんな興奮を覚えた。

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