COMICネクロシスvol.28のレビュー・感想・徹底解説
レビュー・徹底解説
正直に言うと、覚悟はしていた
「東洋一のゴアグロ誌」というキャッチコピーを見た時点で、これは覚悟して読むものだと思った。表紙の「殺●鬼に殺されそうな委員長」というイラストも、全てを物語っている。リョナオンリーのアンソロジーである以上、求められるのは「残虐」と「エロ」の極限的な融合だ。普通のエロ漫画を期待してはいけない。これは、ある種の祭典であり、嗜好の選別装置でもある。自分がそのターゲットなのか、それとも門前払いを食らうのか。ページを開く前から、そんな緊張感があった。
読み進める中で、ジャンルの奥深さを知る
全9作品というボリュームは、まさにリョナの饗宴だ。最初は「くわえギロチン」のような、極限状況下での拘束プレイに目が行く。しかし、読み進めるにつれ、作品ごとのアプローチの違いに気づかされる。例えば「人間損壊 第7話」は、再生医療が発達した近未来の闘技場が舞台だ。半死半生の女闘士が復活するという設定は、SF的な要素を感じさせる。一方で「ゴア・ロア」は、壇ノ浦の伝説や耳なし芳一を下敷きにした、一種の怪談譚だ。同じ「惨殺」というテーマでも、舞台やモチーフがこれほど多様だと、単純な暴力の羅列ではないと感じた。正直、このジャンルの奥行きを甘く見ていた。
特に「ルナティックマーダー case4」は、1913年のニューヨークを舞台にした連続殺人事件ものだ。神父が「神の声」を聞いて妻を殺害するという、猟奇的な要素と心理描写が絡み合う。ここには、単なるグロ描写を超えた、一種の「物語性」への欲求がある。作者たちは、ただ血を流したいわけではない。血が流れる「理由」と、その先にある「何か」を描きたがっているように思えた。これは、リョナというジャンルが持つ、意外な一面だった。
そして、ここに至る。笑いと残酷の境界線
このアンソロジーで最も印象的だったのは、タイトルに「ギャグ・コメディ」のタグが付いていることだ。確かに、「魔法少女デスゴアビッチ#013」や「死あわせリョナ飯-ウィチュキー愛液編-」といった作品は、その過剰なまでの描写に、ある種の諧謔性を感じずにはいられない。ジェ●ソンマスクの男や、ウィスキーボンボンが擬人化されて陵●される様は、もはやシュールだ。
ここに、この作品の真骨頂がある。読者は、純粋な恐怖や嫌悪だけでなく、その「やりすぎ感」から生まれる笑い、あるいは「作者は本気でこれを描いているのか」というある種の畏敬の念さえ覚える。これは、感情移入型の純愛ものとは真逆のベクトルだ。関係性の機微ではなく、関係性そのものをぶち壊す快楽。幸福なエロではなく、幸福が粉々にされる瞬間のカタルシス。それを求める読者にとって、この195ページはまさに楽園だろう。自分は「殺戮保健室」で邪神に寄生した少年少女がクラスメイトを惨殺するシーンで、思わず「やりやがったな」と呟いてしまった。
購入前に知っておきたいこと
Q. 単行本と単話、どっちがお得?
本作はアンソロジー雑誌「COMICネクロシス」の単行本(vol.28)です。単話での販売はありません。165ページの漫画本編に加え、特別グラビア20ページを含む計195ページの大ボリュームです。コスパは非常に高いと言えます。
Q. 前作やシリーズを知らなくても楽しめる?
ほとんどの作品は読み切りまたは番外編であり、単体で完結しています。「人間損壊」や「ルナティックマーダー」など連載作品もありますが、各話で事件が完結する形式と思われるので、楽しめるでしょう。アンソロジーなので、気に入った作家を探すきっかけとして最適です。
Q. 地雷要素(NTR、スカトロ、暴力等)はある?
「残虐表現」「鬼畜」「拘束」のタグが示す通り、暴力・グロ描写が主軸です。臓物の飛び出しや惨殺シーンが多数描かれます。NTRやスカトロのタグはありませんが、精神的・肉体的な陵辱描写は各作品に含まれると推測されます。苦手な方は絶対に避けてください。
Q. ストーリー重視?実用性重視?
極限状況下でのエロ描写(実用性)が基盤ですが、SFやホラー、伝奇など、作品によってはストーリー性も重視されています。しかし、あくまで主役は「リョナ」です。ストーリーはそのための舞台装置であり、実用性と不可分に融合した、特殊なジャンルへの挑戦と捉えるべきでしょう。
嗜好の牙城、その先にあるもの
総合評価はBランクとした。これは、万人におすすめできる作品ではないが、そのターゲットには強烈に刺さる作品だからだ。エロさは特殊な嗜好に完全に依存するため、該当者には星5つ、それ以外には星0つという二極化が避けられない。画力は作家陣の力量が高く、グロテスクでありながらも「描かれた」美しさを感じるシーンが多い。ストーリーは作品によって差があり、設定倒れに感じる部分もないわけではない。しかし、195ページというボリュームは、リョナ愛好家にとっては文句のつけようがない価値だ。これは、普通のエロを超えた、ある種の「表現の祭典」である。門を叩く勇気がある者だけが、その先の光景を見ることができる。





